名古屋地方裁判所豊橋支部 昭和33年(わ)84号 判決 1960年3月25日
被告人 金岡正芳こと金鐘徳 外三名
主文
被告人金鐘徳を懲役八月に、
被告人遠藤渡を罰金五万円に、
被告人金炳圭を懲役六月に、
被告人久祖神昭夫を懲役八月に、
各処する。
被告人金鐘徳、同金炳圭、同久祖神昭夫に対しいずれも本裁判確定の日から参年間右各刑の執行を猶予する。
被告人遠藤渡において右罰金を完納することができないときは金参百円を壱日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
押収にかかる、
証第一号(セリタ腕巻時計八個及び包装紙二枚)、
証第二号(エツフエム腕巻時計八個)、
証第三号(ラビス腕巻時計二個)、
証第四号(アクチュア腕巻時計十一個及び包装紙二枚)、
証第五号(エツフエム腕巻時計十二個及び包装紙二枚)、
証第六号(エツフエム腕巻時計十個及び包装紙二枚)、
証第七号(ラビス腕巻時計十七個及び包装紙二枚)、
証第八号(エツフエム腕巻時計一個)、
証第九号(アクチュア腕巻時計一個)、
証第十号(茶革製ショルダーバッグ一個)、
証第十一号(エツフエム腕巻時計三個)、
証第十七号(アクチュア腕巻時計一個、セリタ腕巻時計一個)、
証第十八号(アクチュア腕巻時計三個、セリタ腕巻時計八個)、
証第二十四号中(エツフエム腕巻時計三個、ラビス腕巻時計一個)、
証第二十六号(ラビス腕巻時計一個)、
以上はいずれも被告人久祖神昭夫からこれを没収する。
水谷貞雄から提出の、
証第十四号(エツフエム腕巻時計二個)、
証第十五号(アクチュア腕巻時計一個)、
坂口隆男から提出の
証第二十号(エツフエム腕巻時計一個)、
浅比文雄から提出の
証第二十一号(アクチュア腕巻時計一個)、
勝沼実から提出の
証第二十二号(アクチュア腕巻時計一個)、
伊藤嘉ズ枝から提出の
証第二十四号中(アクチュア腕巻時計一個)、
はいずれもこれを没収する。
証第二十三号(セリタ腕巻時計二個)、
証第二十五号(ラビス腕巻時計六個)、
は被告人金炳圭からこれを没収する。
被告人金鐘徳、同遠藤渡、同金炳圭からそれぞれ金壱万六千八百円を外に被告人金鐘徳から金拾五万弐千九百六拾四円を各追徴する。
訴訟費用中証人小椋主計、同伊藤嘉ズ枝に支給した分は全部被告人久祖神昭夫の負担とし、証人磯村甲に支給した分は被告人金鐘徳、同遠藤渡、同金炳圭の平等負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
第一、被告人金鐘徳、同遠藤渡は共謀の上昭和三十三年三月十七日頃東京都台東区中御徒町三丁目十五番地の被告人金鐘徳の店舗において、前川繁一より不正に関税を免れた貨物である外国製腕巻時計百個をその情を知りながら金二十万で買受けもつて有償取得し、
第二、被告人金炳圭は同年三月十九日頃豊橋市中世古町字中世古百二十七番地の自宅において被告人金鐘徳より前記のように不正に関税を免れた貨物である外国製腕巻時計百個をその情を知りながら金二十二万五千円で買受けもつて有償取得し、
第三、被告人久祖神昭夫は同月二十三日頃同市花田町一番町十六番地山本旅館において被告人金炳圭より同人の妻金玉順を介し前記のように不正に関税を免れた貨物である外国製腕巻時計九十八個をその情を知りながら金二十四万五千円位で買受けもつて有償取得し、
第四、被告人金鐘徳、同遠藤渡は共謀の上昭和三十三年三月十二日頃東京都台東区下谷町一丁目一番地大塚房子方店舗において同人より不正に関税を免れた貨物である外国製腕巻時計(ラビス)十個をその情を知りながら金二万二千円で買受け、もつて有償取得し、
第五、被告人金炳圭は右同日頃前記被告人金鐘徳の店舗において被告人金鐘徳より前記の外国製腕巻時計十個をそれらが不正に関税を免れたものであることの情を知りながら金二万二千五百円で買受け、もつて有償取得し、
第六、被告人金鐘徳は、
(一) 昭和三十二年十一月上旬頃東京都台東区下谷町一丁目一番地大塚浅治方において同人より詐偽その他不正行為により関税を免れたスイス製腕巻時計エニカ(二十一石)三個、スイス製婦人用腕巻時計デンロー又はピアス(十七石)十二個をその情を知りながらそれぞれ一個四千二百円で買受け有償取得し、
(二) 同年十二月上旬頃前記大塚浅治方において同人より詐偽その他の不正行為により関税を免れたスイス製腕巻時計エニカ(二十一石)五個、スイス製婦人用腕巻時計デンロー又はピアス(十七石)五個をそれぞれ一個四千二百円で買受け有償取得し、
(三) 昭和三十二年一月上旬頃前記被告人金鐘徳の店舗において山下某等より詐偽その他不正行為により関税を免れたスイス製腕巻時計十個をその情を知りながら一個四千二百円位で買受け有償取得し、
(四) 同年三月上旬頃前記被告人金鐘徳の店舗において、山下某より詐偽その他不正行為により関税を免れたスイス製腕巻時計十個をその情を知りながら一個四千二百円で買受け有償取得し、
たものである。
(証拠)(略)
(没収について)
前掲の各証拠によれば、証第十一号(エツフエム腕巻時計三個は被告人久祖神昭夫が小椋主計を介して太田忍に質入したものでその所有権は被告人久祖神昭夫にあるのみならず右小椋主計は犯罪貨物たることの情を知りながら入質し、右太田忍は犯罪貨物たることの情を知つて質受したものなることが窺われる。
証第十四号(エツフエム腕巻時計二個)証第十五号(アクチュア腕巻時計一個)はいずれも被告人久祖神昭夫が小椋主計とともに大丸質店こと水谷貞雄を訪れて同人に売渡したもので、同人は犯罪貨物たることの情を知つて取得したものである。
証第二十号(エツフエム腕巻時計一個)は被告人久祖神昭夫が犯罪貨物たることの情を知る小椋主計を介して坂口隆男に売渡したものであるが(代金未払)同人は犯罪貨物たることの情を知りながら取得したものであるのみならず同人の任意提出書によれば右時計は売主に返却を求めている。証第二十一号(アクチュア腕巻時計一個)は被告人久祖神昭夫において右小椋主計を介して浅比文雄に証第二十二号(アクチュア腕巻時計一個)は右同様被告人久祖神昭夫において右小椋主計を介して勝沼実にいずれも代金二千五百円で売渡したものなるも(いずれも代金未払)右浅比文雄、勝沼実両名の各任意提出書によれば同人等はいずれも売主に返還を求めているものである。
証第二十三号(セリタ腕巻時計二個)は被告人金炳圭が被告人久祖神昭夫に売渡し更に右久祖神が林郁匠郎に売渡したものであるが同人に対し被告人金炳圭が、被告人久祖神昭夫のために、被害を受けた旨を告げたので右林が金炳圭に返却名下に交付したもので、被告人金炳圭は犯罪貨物たることの情を知悉しながら、無償取得したものである。証第二十四号中のエツフエム腕巻時計三個及びラビス一個は被告人久祖神昭夫において小椋主計を介して伊藤嘉ズ枝に質入して換金方を依頼し同人に渡したものでその所有権は被告人久祖神昭夫にあるものである。証第二十四号中のアクチュア腕巻時計一個は被告人久祖神昭夫において小椋主計を介して伊藤嘉ズ枝に代金二千五百円で売渡し右内金として千五百円受取つたものであるが、右伊藤は当公廷において時計はいらないから返して貰わなくてもよい旨供述しているのでその所有権を放棄したものといわなければならない。証第二十五号(ラビス腕巻時計六個)は被告人金炳圭の所有である押収にかかるその余の腕巻時計はすべて被告人久祖神昭夫の所有である。
ことの各事実が明らかである。従つて以上はすべて関税法第百十八等第一項に従い没収の対象たり得るものである。
検察官は、証第十一号(エツフエム腕時計三個)は太田忍において取得の際犯罪貨物たることの情を知らなかつたものであるから没収できないが、小椋主計が提出した証第十九号(現金六千二百円)は太田忍に右貨物三個を譲渡しその対価として得たものであるから右現金を没収すべきであるというにあれども、関税法第百十八条第一項第二号にいう「取得」とは所有権の取得をいうものであつて担保その他による占有権の取得をいうものでないことは法文上明らかであり、また、たとえ犯罪貨物が他に売却されて所有権が他に移転し没収しない場合は関税法第百十八条第二項によりその犯罪が行われた時の価格に相当する金額を犯人から追徴すべきであつて、たまたま該貨物の対価たる売却代金が押収されているときでもこれを刑法第十九条第一項第四号により没収すべき限りではない。本件については前説示のとおり証第十一号の物件は没収し得べきものと解するので証第十九号の現金六千二百円は没収しない。
(追徴について)
関税法第百十八条第二項は、同条第一項により没収すべき犯罪貨物がその犯行時そのままの状態で裁判時まで続いていたとすれば、その裁判によつて没収できるものが消費、滅失又は所在不明等の事由により犯罪貨物を没収することができない場合又は同条第一項第二号の規定によつて犯罪貨物を没収しない場合に犯罪の行われた時の価格に相当する金額を犯人から追徴することを定めたものである。従つて、共同正犯たる各犯人から各別にそれぞれその貨物の犯行時における価格を追徴することのできることは勿論関税法第百十条第一項の犯罪にかかる貨物についてその情を知りながら、転々として取得した場合は、すでに各犯人の犯行当時いずれもその犯人から没収できる状態にあつたもので、またその取得したままの状態が裁判時まで続いていたとすればその裁判によつてその犯人から没収できるものである。それゆえその犯罪貨物を没収できない場合又は関税法第百十八第二項により犯罪貨物を没収しない場合は、当初の取得者及びその転得者からも各別にそれぞれ犯行当時の価格に相当する金額を追徴できるものと解すべきである。
本件においては、判示事実第四、第五のとおり被告人金鐘徳、被告人遠藤渡は共謀の上犯罪貨物をその情を知りながら有償取得したものであり、被告人金炳圭は右被告人金鐘徳よりその犯罪貨物を情を知りながら更に有償取得したものであり、被告人金炳圭は判示の時計十個のうち四個を他に譲渡したものなること記録上明らかなるもその所在も不明であつてこれを没収することがないものであるからその犯行時における右四個の価格に相当する金額を右被告人三名からそれぞれ追徴すべきものである。
腕巻時計に対する追徴価格の算定方法について、
犯罪貨物にして没収することができないもの又は没収しないものの犯行時における価格は犯行時における国内卸売価格と解すべきである。
国内卸売価格についてその公定価格のあるものはそれによることができるけれども、本件のような公定価格のない物件については左の基準によるを相当とする。すなわち、輸入原価に関税法第三条、関税定率法第三条(別表番号一六〇一)に定める三割の関税を加えて得た金額に物品税法第一条第五十号第二条に定める物品税として百分の十(輸入原価一〇〇に対して一三の割合)を加算し、更に特定物資輸入臨時措置法(昭和三十一年六月四日法律第百二十七号昭和三十四年五月十五日法律第百六十六号により改正この法律は昭和三十一年六月五日施行の日から六年を経過した日に効力を失う)、昭和三十一年六月四日政令第百七十号特定物資輸入臨時措置法施行令(昭和三十一年六月五日施行、同三二年六月六日政令第一三七号により改正)第一条第三号により定める国庫に納入すべき特別輸入利益を加算すべきである。その特別輸入利益は外貨資金割当基準第一三号(三二通局第三六六号)無公表品目機械類中腕時計(ムーブメントおよびパーツセットを含む)の外貨資金割当基準について(その二)(昭和三十二年二月十三日通商産業省通商局輸入第二課通牒)並に証人磯村甲の証言によれば本件犯行時には少くとも輸入原価の三十五パーセント以上であることが認められる。の外以上の額に輸入業者の利潤を加算しなければならない、その利潤は右証人磯村甲の証言によば、本件犯行当時においては少くとも十八パーセントなることが認められる。以上によれば輸入業者の得べき利潤は輸入原価を一〇〇として算出すれば、
〔100(輸入原価)+30(関税)+13(物品税)+35(特別輸入利益)〕×18/100=32.04
である。従つて輸入業者の国内卸価格は
輸入原価 一〇〇
関税 三〇
物品税 一三
特別輸入利益の国庫納金 三五
利潤 三二、〇四
合計 二一〇、〇四
すなわち国内卸売価格は、輸入原価を一〇〇とすれば二一〇、をもつて最低としなければならない。(端数切捨)判示第四、第五のラビス腕巻時計十個のうち四個の輸入原価は大蔵技官井戸田逸男、同高橋誠吾の犯則物件鑑定書によれば一個当り二千円と認められるのでその追徴金は一個につき四千二百円が相当であるから被告人金鐘徳、同遠藤渡、同金炳圭からそれぞれ一万六千八百円を追徴すべきである。
判示第六の各腕巻時計四十五個はいずれも没収ができないので、被告人金鐘徳から追徴しなければならない。その輸入原価は大蔵技官高橋誠吾の各犯則物件鑑定書によれば判示第六の(一)(二)のエニカ(二十一石)一個は三千円が相当と認められるのでその追徴金は一個当り六千三百円となり八個に対する追徴金額は五万四百円となる。
判示第六の(一)(二)の婦人用腕巻時計はデンロー又はピアスであつて大蔵技官高橋誠吾の犯則物件鑑定書によればいずれも一個の輸入原価は一個当り千三百二十円を相当とするのでその追徴金は一個当り二千七百七十二円となりその十七個分の合計はは金四万七千百二十四円となる。
判示第六の(三)(四)については品種不明であるから右大蔵技官高橋誠吾の鑑定書中最も輸入原価の安いデンロー及びピアスの価格によるを相当と認める。この計算によれば二十個の合計追徴金は五万五千四百四十円となる。よつて被告人金鐘徳一人から追徴する合計額は十五万二千九百六十四円である。
(法令の適用)
被告人金鐘徳、同遠藤渡の判示第一、第四の各所為はいずれも関税法第百十二条第一項、第百十条、罰金等臨時措置法第二条第一項、刑法第六十条に、被告人金炳圭の判示第二第五の各所為、被告人久祖神昭夫の判示第三の所為、被告人金鐘徳の判示第六の各所為はいずれも関税法第百十二条第一項、第百十条、罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するものなるところ、被告人金鐘徳、同金炳圭、同久祖神昭夫については所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人遠藤渡については所定刑中罰金刑を選択の上、被告人金鐘徳の判示第一、第四、第六の各罪、被告人遠藤渡の判示第一、第四の各罪、被告人金炳圭の判示第二、第五の各罪はいずれも刑法第四十五条前段の併合罪であるから被告人金鐘徳、同金炳圭に対しては同法第四十七条、第十条に従い、被告人金鐘徳については犯情の最も重いと認める判示第一の罪の刑に、被告人金炳圭については犯情の重いと認める判示第二の罪の刑に、いずれも併合加重をなした刑期範囲内で、被告人久祖神については判示第三の罪の所定刑期範囲内で、被告人遠藤渡に対しては同法第四十八条第二項に従い各罪につき定めた罰金の合算額以下で各処断することとし被告人金鐘徳を懲役八月に、被告人遠藤渡を罰金五万円に、被告人金炳圭を懲役六月に、被告人久祖神昭夫は懲役八月に処し、情状により同法第二十五条第一項を適用し被告人金鐘徳、同金炳圭、同久祖神昭夫に対しいずれも本裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予するものとし、被告人遠藤渡において右罰金を完納することができないときは同法第十八条により金参百円を一日に換算した期間労役場に留置するものとし、押収にかかる主文掲記の各腕巻時計は前説示の事由により関税法第百十八条第一項により主文掲記のとおりそれぞれ没収し、押収にかかる証第十号(茶革製ショルダーバック一個)は被告人久祖神昭夫において本件犯罪行為に供したもので同被告人以外の者に属しないものであるから刑法第十九条、第一項第二号第二項により同被告人からこれを没収し、判示第四、第五のラビス腕巻時計のうち四個及び判示第六の各腕巻時計はいずれも没収することができないので前掲の理由により関税法第百十八条第二項により主文掲記のとおりそれぞれ追徴するものとし、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により訴訟費用中証人小椋主計、同伊藤嘉ズ枝に支給した分は全部被告人久祖神昭夫の負担とし、証人磯村甲に支給した分は被告人金鐘徳、同遠藤渡、同金炳圭の平等負担とする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 成智寿朗)